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October 13, 2007

"CHIC"って"粋"ってコトなんですってさ。

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さても。

世の中カメラ付きケータイも料金定額プランも珍しくもなんとも無くなって、SNSやらblogやらが普及して不特定多数が不特定多数に「さしえいりにっきぶんがく」出来るようになっているんですけどね。ほんでもってイロイロ問題も起きたりしてるですけどね...。
ツネヒゴロは勝手に写真撮ったりしちゃイケナイとされてる場所で、たまさか記念写真撮ってもよいとなっても、なかなか人は写真とらんのだね...などと静岡県立美術館展示室入り口"とくせつきねんさしんこぉなぁ"で独りごちてるのは、例によってワタシです(^_^;)。

で。以下いつもにも増して散漫且つヤクタイも無い心覚えです。


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↑は此の「大正シック」展のチラシなのですよね。Topの記念写真場!?画像と比べると、随分と考えてサービスしてくれてるコトがおわかり頂けますでしょ(^^)。
ヤララメタラに写真撮ったりはいけませんけど、せっかく用意して下さってる場所ではヤラカシて見るのもようございますよ(^_^)b。
(写真撮っていい場所であっても、係員さんの指示や案内文の諸注意を守るコト、と)

それはさておき。

大胆かつ大きな模様の着物。カットガラスの受け皿とカップ。絵画作品にゃ自動車や洋犬に洋装の御婦人。入江たか子の写真入りグッズetc.etc...一渡り眺めて見ると、コレクションの基調は日本人の趣味ではないなこりゃ...ってアタリマエです。チラシに書いてありますとおり、今回の展覧会出品作品はホノルル美術館の所蔵品ですものさ。
んでもってその中核は、大正から昭和初期にかけてパトリシア・サーモンなるアメリカ人女性が収集したモノだものね(^^ゞ。

きっとね、集めた人はね、「カワイイ」もの好きだったんでしょね。ほら、「可愛い」ぢゃなくて...イマドキの娘さん達のイワユル「コレかぁわぁいぃいぃ〜〜♪」のほうの、あくまでも表記はカタカナで「(^^♪」なんて顔文字必須なあの感じが好きで集めたんでしょね、きっと。

この「カワイイ(^^♪」っちゅー感覚。当年「本厄のヲヤヂ」なワタシにゃ理解が難しい感覚なのです。

手は込んでるけど保守本流正統のカタクルシサをちょいと外したチープでキッチュでポップな...流行歌!?でいったらYUKIとか木村カエラとか...着るモノも新品をコーディネイトするんじゃなくって、古着買って自分で寸法なおしたりして楽しむような...「休日はいつも通らない道をあるいてみよう。素敵な雑貨屋さんや隠れ家的なCafeを見つけられるかもしれないから。」的っちゅーかなんちゅーか...人物写真でも木村伊兵衛ではなく梅 佳代な...モンドリアンでも厳密なほうではなくってブロードウェイブギウギな(着物の模様見てまず思い出したのがP.モンドリアンとJ.ミロ(^^;)...

あ〜ちくしょ〜ウマク書けないぞ。書いたり語ったりすればするほどスルスル本質が逃げて行く気がするぞぃっ(^◇^;)。
CHICだの粋だのカワイイだのは、共有できる人の間にしか存在しない「皮膚感覚」で、ワタシのよな「粋の構造」や「粋の構造を読む」をノート付けて読むようなセンス無しの大野暮にゃ手に負えないわいなぁ...orz

ま、ともかく。

一点々々子細に眺めてみれば、絵は大正〜昭和前期の名人上手の名品に比べりゃスキが多いし、工芸品は前に東京都美で見た「アール・デコ」展にならんでたモノ達程「ほんばもの」ではない上に、琳派ほど「ほんまもん」でもない。だけど、展示室全体の雰囲気は、なんだか、適度にユルくて大変よろしい(^^)。

そのこのまぁねぇ...

イぃイカンジでカぁワぁイイぃ〜」ってこーゆーのってカンジぃ〜♪

鑑賞とか研究って言葉は似合わないけど、「出会いを楽しむ」というよーなコトバが合うような、そんな展覧会でした、とさ。

ね。いつもにも増して散漫且つヤクタイも無いでしょ(^◇^;)。

P.S
ついでにいうと明日10/14で展覧会終了(爆)

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Comments

行ってまいりました!
堪能してまいりました!

格調高い「美術」ってものに疎い私にも
ちょうどよいユルさ(?)で
難しいこと抜きに「か~わ~い~い~っ♪」と
着物仲間とともにはしゃいできました(^^)
(はしゃぎすぎで、ほかのお客様にご迷惑だったかも。。。汗)

もちろん、件のカウチで写真を撮りましたよ~。
ただ、あの撮影用のカウチもアンティークの品だったので
入江たか子さんのように草履のまま足を乗せることは
気持ち的に憚られまして、草履を脱いで足をのせたため
いささか間抜けな感じの写真になっていると思われます(^^;
友人のカメラで取ってもらったので
友人から画像をもらったら、某SNSの日記にUPしますね。

Posted by: るく | October 13, 2007 at 22:04

>るく様

楽しいカワイイ展覧会でしたよね。作品からくる緊張感でビリビリする空間も悪いモノでゃないですけど、「ほっこり」した感じもそれはそれでよいです(^_^)b

撮影用カウチにもお座りになられたですね(^^)。撮影スポット作るなんてコト、公立館では簡単そうで難しいらしいですが、よくぞやってくれました>けんび。

Posted by: 1sugi | October 14, 2007 at 19:43

> 自動車や洋犬に洋装の御婦人

ええええっ.これ清方…! じゃねぇや弟子の方ですか.あぁびっくりした.

マシンはたぶん Packard のリムジン,1930年代中盤…36年式ぐらいですか.当時だと途方も無く度外れて高価い,たぶん財閥の総帥か閣僚でもないと買えないクルマではありましょうな.当時の Packard の技術力はブガッティ以上と言われましたし,事実この10年後には,自動車屋の癖に製作難易度最高レベルの英国マーリン航空エンジンを大量生産して,North American P-51 に搭載,我が国の防空戦闘機を悉く叩き墜しましたでなぁ.その時にはこの三姉妹は若奥様になっておられただろうが,無事に終戦を迎えることが出来たであろうか…とか考えたり.

ところでスペアタイアのところに立ってるお嬢さん,さりげなく持ってるカメラは,色と縦横比からすると,CONTAX I ですかねぇ.仮にこれが1936年だとすると,最終型の I ということになりましょうか.「ライカ買おうか家買おか」と言われた当時,CONTAX I はさらにその3割ぐらい高かった筈ですな.

しかし当時の小説,菊地 寛なんかも話の中にさりげなく,CITROEN の Traction Avant なんかで箱根辺りの別荘に行くエピソードなんかがあったりして,当時のお金持ちってのは中々に度外れておって楽しいですな.

って人の持ち物の値段をどうこう穿鑿する癖も,我ながらお里が知れますのぅ.

Posted by: 「い」 | October 15, 2007 at 21:25

>「い」様
>>クルマとカメラ
やっぱし同じところに目がいきますね(^^ゞ。奇麗なラインのクルマを筆の立つ日本画家さんが描いたらいいだろうに、と、常々思っておりましたので、今回は眼福でございました(^^)。
仰せの通りクルマに寄り添う三姉妹はどこやらの御令嬢で、絵に合わせて着物も仕立てられたようです。

そうそう。

2回目見に行って画家さんによる「眼」の描きかたもジロジロ見てきました。忠実に蒙古襞を描いちゃってる人の絵は、幾ら洋装美人でも日本人に見え、結果なんとも「大正」な雰囲気に納まっておりました。橋口五葉あたりですと浮世絵の描き方をもうすこしモダンにやり直すというヤリクチで。伊東深水ですと瞳をボカシ気味に描いて目頭の色を変えて。清方は顔を斜めから描き、蒙古襞を露骨に描くことを避けると同時に線描の力で切れ長の日本人の目を描ききっておりました。

そーそー。仰せの通り大正から昭和のアタマぐらいの文学には、よくクルマの名前が出てきますよね(^^)。百鬼園先生に文章ですと円タクを値切る話しですが、それでもシボレーは広くていいけど高いからフォードが来るのを待ってる...なんて話しがあったかと記憶してます。

大震災後は結構入ってきたし、GM,フォードは日本生産もあったんではなかったでしたっけ???。ここいらあたりご教示頂けますと幸甚ですm(__)m。

Posted by: 1sugi | October 18, 2007 at 23:27

>「眼」の描きかた

手前勝手なリクエストにお応えいただき,ありがとうございます.それにしても,

> 奇麗なラインのクルマを筆の立つ日本画家さんが描いたら

あの題材って,今で言えば,「ジウジアーロの Bugatti EB218 の傍らに LEICA M8 ブラックを提げてニッコリしている現代和装の三人姉妹」みたいな絵ですよねぇ.
今の日本画で正面切ってそれを描ける芸域の人って居るのだろうか.もしやれるとしたら,いわゆる「前衛」に逃げないと難しいような気がします.と言うか,そういう題材が描けなくなっているというのが日本画がタコツボに入っている所以じゃないかなぁ.などと思ったり.

> 大震災後は結構入ってきたし、GM,フォードは日本生産も

どうも為替相場の記録を辿って行くと,WW1終結後,一時的にえらく円が強かった時期があるようなのですね.最近では90年代初期に非常な円高になってガイシャが急増した事がありましたが,それと似た状況があったのではないかと.日本フォード,GM は確かに横浜辺りにノックダウン生産工場を持っていた筈ですし,ヤナセは「日本フィアット」なんて会社も持っていたと思います.
当時の文学作品でトポリーノなぞが出て来るのは生憎とまだ発見しておりませぬが,ちょっとフラッパーかぶれの「イット・ガール」なタイプがトポリーノ転がしてたら面白いでしょうなぁ.

Posted by: 「い」 | October 19, 2007 at 13:51

>>GM,フォードは日本生産もあったんではなかったでしたっけ?
 フォードが1925年(大正14年)の2月に、横浜は子安海岸の工場で組み立てを始めました。
 GMは1927年(昭和2年)4月に、大阪市大正区鶴町に組立工場をオープンしています。

 震災後ってのは正解で、もともと震災で市電が壊滅したのを補う為に、東京市電気局長の長尾半平が暫定応急策としてT型フォードのシャシーを1000台発注して、日本でボディを載せたのが「円太郎バス」です。
9月1日の震災から半年後の1924年1月18日には営業開始してますから、当時の役人の仕事のスピードは凄いものです。

 その後、1924年9月にフォードの視察団が日本に来ます。「アジアの後進国がT型を1000台も発注して、ちゃんと走っているのだろうか」という興味というか半分は物見遊山で来たのでしょうが、震災から復興する日本のバイタリティーを感じて、日本をマーケットとして見直したのがノックダウン生産を始めたきっかけのようです。

 ちなみに、子安の工場跡地はずっとフォードが所有していて、今はマツダの横浜研究所になっています。
まだデザインの東京分室があるころに訪問しましたが、社員食堂の真ん中に立派なスロットカーのコースがあったのが印象的です。当時はまだバブルの最中で、M2も元気が良かった頃です。

Posted by: akira isida | October 19, 2007 at 21:11

>isida様
_〆(。。)メモメモ…いつも有り難う御座いますm(__)m。

>>円太郎バス
旧交通博物館にあったような記憶が...交通博物館といえば、大宮の「てっぱく」は立派な施設だし、賑わっているようだしでなによりです(^^)。
でも旧交通博物館所蔵の鉄道モノは移管されたとして、クルマやヒコーキがどうなったのか気になっておりましたが、こちらも同じく鉄博に移管されたそうです。ただし公開はせず、管理及び専門館への貸し出しのみだそうでし...閉館前に無理してでも行っておくのだった(__)。

Posted by: 1sugi | October 22, 2007 at 22:35

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