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June 16, 2008

「伝統」と「技」と「技術」とについて(←おおげさ)

Shippoh
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ワタシは基本的に人付き合いが上手でなく、ぽそぽそしていて面白みの無い人間であります。まぁ世の中には有り難いことにそんなワタシと遊んで下さる人もおられます。

んで。

こないだウチからこんなヤリトリして遊んで頂いておりました。

元ネタからヨコスベリさせちゃうのはクセでして...おつきあい有り難うございましたm(__)m>「い」様

んで。

日本人って「細かい細工を『小型』の『定型』に『みちみち』に詰めるのがどこまでいっても好き。ただし、その考え方はもう改めないと駄目であろう。

というお考えを示して頂き、それをアタマのどこかに引っかけつつ、Top画像のチラシの如く、「明治の七宝」展開催中の佐野美術館に闖入したワケでございます。

そも。「七宝」なるモノ。ざっくりと申し上げますと...

銅なんぞで土台を作り、その表面に色とりどりの釉薬をさし、しかるのちに窯に入れ、800℃ぐらいで焼く。そーすると溶けた釉薬によってガラス質の美しい文様が出来上がる。

...ちぅ工芸技法。日本で開花したのは明治になってから。んでもって、明治に発展したヤリクチにゃ幾つかございますが、主なのを大雑把に申しますと、

土台(=母胎)になる金属製の壺なんぞの表面に帯状の銀線をタテに接着して文様の輪郭を描く。その輪郭(=枠線)の内側に各色の釉薬をさし、金属線を入れたまま焼くのが「有線七宝」。窯に入れる前に色ごとの境界でもある輪郭線を外し、釉薬が溶け混じり、より絵画的に文様が浮かぶことを狙うのが「無線七宝」。焼成後、酸で母胎となる金属器を溶かして表面のガラス質のみ残すのが「省胎七宝」。

おりしも「殖産興業」「富国強兵」の時代。日本独特の工芸製品として輸出され、欧米諸人を感嘆せしめたのでございます。

コマカクいえばイロイロございましょうが、まぁそーゆーモンでございます。

ま、ですね。

直径1mmの○で水玉を描こうと思ったらコンマ何mmという線を立てて○を描き、そこに釉薬をさすワケです。
んで。大きいモノですと高さ1mの花瓶なんぞがございます。其奴の表面を上記のノリで埋めて行くワケです。
んでもって、母胎が小さければ小さいなりにコマカクコマカク線を立て色をさし...正直「キ○ガイ沙汰」です(^_^;)。

望遠ルーペで「寄って」見るとアキレカエリます。細かい冴えまくった細工が「みちみち」に表面を埋め尽くしております。

でもですね。ぐぅうっっと「引いて」展示室全体を眺めて見ますと、ね。


花瓶花瓶花瓶香炉花瓶壺花瓶壺壺皿椀花瓶花瓶
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イミジクも、見学でおいでになった学生さんが無邪気におっしゃってました「キレイだけどみんな同じカタチで似た模様だね(^^)」って...。

確かに大小各色あれどシルエットは似たようなモンが多く...う〜にゅ...これじゃ買い手の外国人さんだって...


明治以降戦前までの僅かな期間で、埋め尽くし彩り尽くす「技」は冴えに冴え、研ぎに研ぎすまされてゆきますが、世の中の変化から外れた場所でのコト。世の流れに対応可能な「技術」とはなっていない。主たる工房主(=個人)が消えると同時に消えて行きます。

戦争による物資統制その他もございましたでしょうが、コスト的にも技術的にも世間の動きに対応不可能な、個性に依存し伝達不可能な、種子を持てない、とてもとてもとても奇麗な「華」...「徒花」...。


ん〜〜〜〜....。


日本人は普遍的な誰でも参加可能な「技術」を、個人の能力に寄りかかる「技」にしてしまうクセがある。そして、その「技」で細かい細工を「小型」の「定型」に「みちみち」に詰めるのがどこまでいっても好き。

(この好みはフィギュア等々まで来ても同じコトですが)もう日本国内の人的資源(質はともかく物量)ではその好み,需要を満たせず、海外の労働力を買いたたき食いつぶし、辛うじて実現させているのが現状。

よって、いい加減改めないといけない。

実作をとおして近代七宝の展開と現状を眺め、上記につき成る程と納得。

さて。


そこで。


その点で。


美術史学に何が出来る??????。

もう20年以上考えているコトに戻ってきて五里霧中...orz

ま。

ワタシの「おしごと」は「見に来られた方に『ヒトネタ』持って帰ってもらう」コトである。其のネタが何れ大きく開かんでもあるまい。ネタを提供する「技術」は確立しているし、ご同業はそれぞれの持ち場で頑張ってるんだし、ワタシがクタバッタって大丈夫。いつかどこかでだれかが、さ、と、思い定めておりますが、はてさて...。

歴史・民俗ならまだアレなんだけど...

P.S

この前に見てきたシャガールとは、見る前と見た後の感じ方が逆。シャガールの時は繊細優美軟弱ってな先入観でいったら「ごろんごろん」した強さがあってビックリしました。今回は強く強烈だと思っていったら繊細優美...美人薄命であった、と。

Unknown
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Comments

七宝って,作り方も発想もマイクロプロセッサと同じですね.拡大すると見た目も似ています w

んで。 (ここ文体模写)

和尚に説法で恐縮ですが,日本の七宝って,天平時代の技術移入から,ごく短期間に世界最高レベルまで行って行き止まり,また近世にゼロからやりなおして短期間に精妙の限界を極めて行き止まり,また明治時代に (以下同文) なんですよね…

これ,全く同じこと80年代に NEC などがやってるんですよねぇ
インテル8080やザイログ Z80の「技術」を,まことに日本的な「匠技」で極端に巧緻に換骨奪胎し,そのときだけの高性能は得られたけど…

「コスト的にも技術的にも世間の動きに対応不可能な、個性に依存し伝達不可能な、種子を持てな」くなって滅びたんですわなぁ.

もうこういうことはやってはいかん.昔ならこの島の中の人の好みの問題で済んだけど,これからは,そういうことばっかやってると世界中に迷惑.

と,いうわけなんです.

Posted by: 「い」 | June 16, 2008 at 22:26

>「い」様

>>日本の七宝

古来。仏具,刀装,遠州好みの茶器等々、それぞれの時代に象嵌七宝でも行くとこまで行きついて...ぽん(w。
思えば今も昔も「絶えた伝統を血と汗と涙で復活させる『ぷろじぇくとえっくす』」が大好きですね(^_^;)。

まぁしかし絶妙なタイミングで「佐の美」での勤労奉仕があったもんでございます。

実作に基づき、沿革を見ながら現況を把握する作業は楽しゅうございます(^^)。

Posted by: 1sugi | June 16, 2008 at 23:31

> 元ネタからヨコスベリ

ではワタシもやってみます w
さて今,芸大美術館でバウハウス展をやっておりますが,日経 Tech-On でのインプレが少し面白かったのでご紹介. http://easyurl.jp/c6t

> 日本で同じ設計図を元に同じ建築物を建てることになったら、たぶん、左官さんとか大工さんとかが終結して職人技を駆使し、もっと短時間に手際よく完成させてしまうのではないか。(中略)それでもあえてそのようにしたのは、一つにはその目的が、その時点での効率とか生産性にあるのではなく、未来を見据えた方法論の探求にあったからなのではないかと思う。あの建設手法も、試みであれば遠回りであってもかまわない。だからあえて効率を度外視し、「職人芸」を徹底排除することにしたのではないか。

ここで言及されている “校舎を建設する様子を記録した映画” ってのは,ワタシも若い頃に観たことがございまして,正確にはたぶん Walter Gropius のデッサウ校舎建設の様子ではなく,“トロッケン・バウ (乾式工法) ” 実験の映画だと思うのですが,確かに独逸人は20世紀初頭の時点であえて自らの “技” を放擲し,“技術” の世界へ移行したのであります.

御存知の通り独逸というところは職人の国と申してよろしい,クラフトマンシップに非常な愛着を持ち,文化遺産としての工芸品も多数持つ国でありますが,彼等は自らをして,その愛着する文化世界から意志的に離脱したわけでございます.
すなわちこれ「技を誇るは未来無し」という知的判断に他ならず,後の世界の技術史を鑑みれば瞭然ながら,その判断はまさに正鵠を射ておったのでありました.

一方,当時はバウハウスに学んだ|影響を受けた日本人も多ぅございました.して彼等が日本で試みた実作はと申しますと,従来構造の木造建築を器用に板で張り巡らし,白いペンキを塗って,姿だけは “本物以上に精妙なバウハウス様式” に仕立てたものであったのでございます.無論これらは殆ど残ったものはなく,後世の建築文化に益するところも甚だ僅かなものでした.

とまぁ,我が日本人が,なまじ器用な “技” を持つがゆえの弊害の例として,参考にして頂ければ幸甚.

Posted by: 「い」 | June 18, 2008 at 12:57

>>今,芸大美術館でバウハウス展をやっておりますが
しまった、まさに今日上野に行ったのに。

それで何を見たかというと、井上雅彦の個展(ていうのかな)。いずれ拙Blogのネタにします。

Posted by: akira isida | June 18, 2008 at 19:17

>「い」様

>>何とかに説法

近世の建物って柱や欄間の彫刻は凝りまくり。冴えてるっちゃ冴えてますが技術的は如何なモノだろうか、アタマと手を他に使えなかったモンかいな、などと思っておりました。一体建物を造りたかったのか彫刻を彫りたかったのかワカンナイのです。

色々あって「洋風」になったけど、関東大震災を喰らわされるまで(ても?)真剣に考えてないのではないか...「大地震にも耐えた職人の技」って本当かなぁ...ぶち壊れたモンのほーが多いハズだが...とも。

>>従来構造の木造建築を器用に板で張り巡らし

イナカに昔からあるモダンな「洋風建築物」ってのはトラス小屋組じゃなくて和小屋組。だけどアメリカ下見。構造的には不思議だけどなぁんか「それっぽい」ってのが多いのだそうですね。

それをふまえ、「西洋館」と「洋風建築物」の区別を見学に来たお客様に伝えるにはどーしたモンかと考えこんでたりします(^_^;)。

区別せんでも困りはしないのですけど...トリビアリズムは意味無いけど...「明治に入ると外国の影響を受けてこうなりました」っていえば間違いはないのですけど、なんか悔しいのです(^◇^;)。

Posted by: 1sugi | June 20, 2008 at 21:41

>isida様

藝大のバウハウスと今度の東博特別展は見に行きます(^^)v。

混むでしょうが「みぃはぁ」に怖い物はないのです(^◇^;)。

Posted by: 1sugi | June 20, 2008 at 21:44

またヨコスベリしてしまいますがw

> 「洋風建築物」ってのはトラス小屋組じゃなくて和小屋組

白川郷の民家なんぞで有名な「合掌造」は,和小屋ではなく,古拙なトラス構造でありますが,かつて Bruno Taut がコレを絶賛したのは,日本の古民家の「伝統の技」に感心したからではない.というあたり,意外と一般には膾炙しておらぬかも知れませぬ.

つまりタウトが褒めた所以は,合掌造がスイスやオーストリア,イタリアあたりのアルプス山岳地帯建築と共通な「普遍,合理的構造」を持っていたからなのでして,これはタウトの書いたものを読めば,ちゃんとそう明記してございます.

このように,中世以降の日本建築は「外見は外国風 (中国,維新後は西洋風) なんだけど構造は精緻にして合理性を欠く在来和式を持つ」プロの職人の作と「外見は因循姑息ドメスティックなんだけど構造は普遍的モダニティを持つ」アマチュアの作品…というように,ヘンに分裂した図式のまんま今に至っておるわけであります.

# たぶん,日本の玄人職人ってのは,トラス構造のようなミモフタモナイ構造は,「藝がない」として好かなかったのではないかと思いますな.これは鎌倉時代に南宋から渡来した合理的構造システムの「大仏様」が日本では遂に根付かなかった経緯とも似た,民族的嗜好があると思います.

Posted by: 「い」 | June 20, 2008 at 23:05

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