大きいしカッコいいと思う。

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2008.10.17
場所は広見公園ふるさと村。本体移築工事完了の旧稲垣家住宅(^^)。
周りの工事が若干残ってるので、土間に入ったり体験施設として使えるようになるのは12月アタマ。
写真うつりが"つくりもの"じみちゃうのは「築200余年(棟札によると1804年)なのに出来たてホヤホヤ」なためかな...ウデが悪いのは確かです(__)。
P.S
この手の屋根を"兜造り"と申します。養蚕を効率よく行うのに適したカタチです。入母屋の両妻を落としたモノのようです。
人間と比べ、障子の枚数を数えしていただくと、どれだけ大きいかご理解いただけるか、と。
伝統工法で大きいモノ造ると屋根が大きくなる&材が際限なく太くなるとは聞いてましたが...大スパンは無理なんだなぁ...
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Comments
へぇ.富士市にこんな建築が残ってましたか.行くことがあったら寄ってみよう.
それはともかく.
> 伝統工法で大きいモノ造ると屋根が大きくなる&材が際限なく太く〜大スパンは無理
近代以前の日本建築史を追っ掛けて行くと「惜しい! 何でそこまで行ってながら最後の一歩が踏み込めんの?!」ってのが結構あります.
大スパンの架構なぞはまさにそれでして,小屋梁に束立てすることで成立つ和小屋というのはすなわち,水平材に剪断力を与えて支持するということですので,得ようとするスパンが大きくなればそれ以上に「材が際限なく太く」なるのは不可避,しかも木材の断面積と長さは木の生物学的性質で最大値が決まってしまいますから,小スパンで限界に達してしまうのは当然過ぎることなのであります.これを克服する物理的な解はトラス構造しかございませぬ.
して,我らがご先祖様は,トラスを知らなかったかと言うとそうでもない.既に縄文時代の「ケツンニ」は顕かに母屋面トラス構造の萌芽を示しておりますし,合掌造なども,近代的なトラス構造まで紙一重に肉薄していながらついに旧態の和小屋を革新するに及ばず.しかもこれら斜材を利用した工法は,飛鳥・奈良,鎌倉,安土桃山時代と,3つもの技術革新の時代に同工異曲な形態が出現しておるにも関わらず発展継承することなく,悉くこのチャンスを逸しておるのでありますね.
こうなると,「技術的無知,あるいは未熟ゆえにそこまで思い付かなかった」とは考えにくく,意識的に捨象したとしか思えぬのであります.
なぜそうしたのか.またそうする事による林産資源の無駄遣いが許容されたのか.それについてはワタシなりに考えてみておることはあるのですが…
Posted by: 「い」 | October 18, 2008 at 10:40
>「い」様
機会がありましたら是非おたちより下さいませ。
単純にカッコいいですが...見ていると善いも悪いも色々考えさせられる建物です。
Posted by: 1sugi | October 20, 2008 at 00:51